埼玉教員超勤訴訟の田中まさおです。
久しぶりに書きます。今回は教員の夏休み等の長期休業について、です。
夏休みに勤務の特殊性はありますか?
1971年、文科省は教員の「勤務の特殊性」を理由に給特法を作りました。その特殊性の一つが、夏休み等長期休業とされました。
当時長期休業には自宅や学校外で自主的に研修を行うなど、勤務時間内に自由な時間が存在するから一般労働者とは異なる特殊性があるという理屈でした。
しかし、実際、現在、その特殊性はあるのでしょうか。私には特殊性があるとは到底思えません。
今の長期休業は授業が行われないだけで、勤務形態は学期中と同じです。子どもたちが登校しないだけで、教員の勤務は通常通りなのです。
個人面談、備品整理、トイレ掃除、校内研修、教育課程研修、年次研修、遠足の下見、日直…その他様々な仕事が課せられています。学校閉庁、夏季休暇は5日間程度です。
また、自宅研修についても、文科省が2002年に発した通知を転換点として認められなくなりました。
埼玉大学(当時)の高橋哲准教授も、次のように説明されています。
当時の国会での議論は「教員は夏休みに長期休業期間等に自宅や学校外で自主的に研修を行うなど、勤務時間内に自由な時間が存在する。だから一般の労働者のような時間管理はなじまない」というもので、これが教員の「職務の特殊性」として説明されており、審議録にも残っています。当時の先生たちは、勤務時間内に校外の自主研修に参加することが可能で、教員組合主催の勉強会なども盛んでした。夏休みに学校外で研修に励むというのは普通のことでしたし、東京都の例では教師が自宅や校外で研究・研鑽できる「研修日」もあったのです。もっとも当時でさえ「昔と異なり夏休みの休暇というのは学校になくなってきているのが実態」という主張はありました。現在にいたっては、とてもそのような状況ではありません。
巧妙に給特法が利用されている現状がある
給特法制定当初と状況が変化してきているのだから、私は今、教員の夏休み等長期休業の在り方を真剣に再考すべき時ではないかと感じています。
つまり、そこには特殊性などないと認めることです。(それは給特法の根拠が一つ失われることを意味します)
少なくとも、自宅研修を復活すべきです。
あるいは、それでも長期休業においては特殊性が存在するというのであれば、例えば一ヶ月間全ての休みで学期中の無賃残業の調整を図るべきです。
特殊性とは、そういうものです。
文科省や教育委員会は特殊性があると言いながら普通勤務を求める、私はその矛盾が許せません。彼らは、巧妙に給特法を利用しているのです。
今、夏休み等長期休業の在り方についても真剣に考える時ではないかと考えます。